収入が高くなくても巨万の富を築いた本田静六から学ぶ資産形成方法

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かにたまです。

本日は、収入は決して高くなかったものの巨万の富を築きあげた偉人:本田静六について記事にしたいと思います。

一体、彼はどのような方法でそこまでたどり着いたのでしょうか?

良かったらご覧ください。

 

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本多静六とは?

本多清六

日比谷公園などの数多くの公園の設計に関わり、「公園の父」として歴史に名を残した偉人です。

その一方で、もともと貧乏農家生まれで収入は決して高くなかったものの、40代で100億円以上(現在価値に換算)の富を築いたことで知られています。

1866年生まれ~ 1952年没。

かにたま
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彼が投資を始めたころの月収は約20万円ほどでした。よって、彼の資産形成は多くの人々の参考になるでしょう。

 

収入の25%を貯金

本多静六の資産形成については、彼の著書である「私の財産告白」に記載されています。

興味があればご覧ください。

 

収入が決して高くなかった彼が100億円以上の財を築いた主な資産形成方法はズバリ「投資」です。

 

まず、25歳の時から収入の1/4を投資につぎ込んだ。ということです。

他にボーナスのような臨時収入は全て投資にまわしていました。

これは「四分の一天引き貯金法」と呼ばれています。

 

投資というのは相場が崩れて損もすることもあるのですが、彼は投資を相場によらず継続をしたということです。

 

具体的には以下のようなことをして資産を増やしていきました。

 

当時20万円の彼の給料。

25%を貯金すると月5万円。

年で60万円になります。

倹約を行い、5年で300万円貯まりました。

ここで鉄道株を買い、更に捨て値の山林を3000万坪買ったことから始まりました。

かにたま
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山林は日露戦争で木材の需要が上がり、購入価格の70倍にもなったそうです。

 

 

月20万の収入で5万円を貯蓄・投資にまわすことは難しいかもしれません。

しかし、本田静六は自分の身の丈を知り、質素倹約の生活を行いました。

ジブンの値打ちが銀もしくは銅でしかないのに、暮らしの方は金にしたい。金メッキでもいいから金に見せかけたい。こういった虚栄心から多くの人が節倹できないのである。銀はどうせ銀、銀なりに暮らせばいいのであるが、さらに人生をより安全にし、生活をより健全にしようとするならば、むしろ一歩を退いて-事実は一歩を進めて-実力以下の銅なり、鉄なりの生活から出発していくべきだろうではないか。

 

 

副業も行う

著書ではアルバイトというような書き方がされていましたが、俗にいう「副業」を行うことを推奨しています。

本多静六自身、1日1枚、出版できるレベルの原稿を書くことを本業以外に行っていました。

そして、出来上がった著書の1つが先ほど記載した「私の財産告白」です。

 

本多静六の投資ルール

これが正しいとは言い切れませんが、本多静六には絶対に曲げない投資のルールがありました。

成功している投資家には必ずといっていほど自分なりの投資ルールが存在します。

静六のルールはどうであったのか?見ていきましょう。

 

分散投資

本多静六は、電気・銀行・鉱業などの30種類の優良株を購入していました。

すなわち、今でいうインデックス投資という名の分散投資を行っていました。

 

タダ株は損をしても持ち続ける

株価が2倍になったものを半分売却、すると、実質、所持している株がタダ(タダ株)になります。

このような状態になったものは、含み損の状態になっても絶対に売らないというスタイルを持っていました。

 

二割喰い法

基本的に所持している株が20%上昇したら売るスタイルを持っていました。

決められた数値で利食いをしていたということです。

大きく伸びると予想できるものは2倍まで待って半分売っていたという事です。

 

株暴落時には購入、好調時には勤倹貯蓄

彼は増えた資産で暴落時に購入、逆に株価が高騰し、注目を集めている際には市場に参加して購入することは少なく(※収入の1/4は常に投資)、真面目に働いて倹約生活を行っていたということです。

 

また、株価が急騰して利益が出て資産が増えてくると少し贅沢をしたくなるものですが、本田静六は違いました。

彼は、そんな時でも利益には手を出さず、ひたすら収入の1/4を投資につぎこみ節約生活を行っていたようです。

 

最後に

静六には家族がおり、妻と子供がいました。

25%を投資にまわしていたため、月末になると現金がつき、毎日のおかずがゴマ塩だけになり、子供たちが泣き出したといいます。

 

しかし、彼はこの投資法の堅実性を説き伏せました。

そして、その後、相場が好景気となったこともあり株価も上昇、固定収入投資による利子のお陰で生活はどんどん楽になっていきました。

 

こうして巨万の富を築いた静六ですが、晩年、彼はその資産の大半を寄付しています。

そして、勉学に勤しみ質素倹約の生活を85歳の死ぬまで続けたという事です。

 

こうして見ると静六は、日本人版の現在の投資の神様であるバフェットに非常に似ています。

バフェットも現在の世界一の投資家でありながら、生まれ故郷のオハマの普通の家に住んでおり、食事はコーラとフィレオフィッシュ(ハンバーガー)を食し、贅沢せずに寄付事業を行っています。

※バフェットは米富豪でNo1の寄付額を提供しています。

 

 

 

 

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